2021年9月、ハリケーン「アイダ」が米国のメキシコ湾岸を襲いました。その被害は、住宅やビルの浸水だけにとどまらず、重要なインフラにまで及びました。ルイジアナ州のエネルギー関連の企業は新たな電力供給源の運転開始や石油パイプラインの再稼働に奔走しましたが、道路や交通機関の損傷により、電力復旧に必要な航空測量に遅れが生じました。また作業員や機材の供給者は、しばらく仕事に復帰できない状況に陥りました。深刻化する気候変動の影響は、世界中のインフラやサプライチェーン、地域社会に大きな混乱をもたらしています。
ルイジアナ州の惨事は、氷山のほんの一角にすぎません。
気候変動の脅威に対するレジリエンスとは、組織や地域社会、民間・公共セクターの主体が気候変動リスクを理解した上で、それを予測し、緩和する枠組みのことで、世界全体で最も重大な優先事項の一つとなっています。そこで求められるのは、気候リスクへの理解と対策に向けたまったく新しいアプローチです。被害が起きてから慌てて対処するといった事後対応ではなく、気候変動が企業や地域社会にもたらす脅威や余波を事前に軽減するアプローチでなければなりません。
必要なのは、事後的な対応ではなく、未来をモデルによって予測することです。だからこそOne Concernは、あらゆる人にとって今よりもレジリエントな世界をつくるため、都市や地域社会、インフラにとって世界初となる「デジタルツイン」を開発しています。
「デジタルツイン」とは
人工知能(AI)と機械学習に、データサイエンティストや災害科学に精通した技術者が精選した数兆個ものデータポイントを統合することで、私たちが暮らす地域社会の仮想モデルを構築することができます。それによって気候変動リスクをモデル化、把握し、事前に対策を講じられるようになります。街をつくるシミュレーションゲーム「シムシティ」や、インタラクティブな地球のシミュレーションのようなものと考えると分かりやすいかもしれません。デジタルツインがあれば、都市をビルごと、ブロックごと、道路ごとに詳細に分析することができます。また、電力や水道の供給の拠点となる施設や、橋、港なども網羅することができます。
より優れたデータとAIにより、自然災害が発生する前に数千通りもの気象災害や大規模災害のシミュレーションが可能となるため、災害に脆弱な地域や被害に遭いそうな重要インフラを特定することができます。また当社の機械学習システムでは、気候変動の継続的な影響を考慮してデータ内のギャップを埋めることで、予測分析を改善し、より確信を持って未来を見通すことができます。
デジタルツインにより、かつてない方法でレジリエンスの定量化が実現できます。
デジタルツインモデルの構築方法
当社のデジタルツインモデルは、以下の3軸に基づき構築されます。
- 第一に挙げられるのが、地震や洪水、暴風などのハザードです。米国だけでも、地震については地震災害予測図をもとに6億3000万のデータポイント、洪水については18億のデータポイント、風害については5700万のデータポイントを保持しています。
- 次に、分析対象となる拠点施設やその周辺の変電所や送電網、港湾、建物、橋梁、幹線道路などの各地点におけるハザード強度(地震の揺れや洪水による浸水深さ)を読み込みます。
- 最後に、被害率やダウンタイム、復旧曲線などのリスクを分析し、直接・間接的な影響と復旧までにかかる時間を予測します。
次にこれらの要素はAI/機械学習分析エンジンに統合されます。このエンジンは、データソースから得た新しいデータを継続的に取り込んでいます。気象や気候のデータ、送電網などのインフラのデータに加え、人口動態データや建物の構造、地震データなども投入します。当社では、CoreLogicの高度なデータセットをはじめ、公共・民間の両セクターのデータを収集しています。また、データを推測、合成するとともに実測データを活用し、データやモデルの精度を確認することもあります。
こうしたデータや分析結果は、レジリエンス指標のためのインプットとして活用されます。レジリエンス指標としては、ある建物の被害の超過確率(1CEPTM)やダウンタイム統計値(1CDSTM)から導き出されるレジリエンススコア(1CRSTM)などがあります。これらの指標や統計値は、さまざまな評価やリスクアセスメントに応用されます。将来的には、1CRSTMがレジリエンスの定量化の世界標準になると期待しています。
世界をリードする研究者との協働
テクノロジーを活用する一方で、デジタルツインが効果を発揮するには機械学習とデータ以外にも必要なものがあります。それは、One Concernの社内外の研究者ネットワークです。
学術的な見地に偏ったアプローチでは、ごく狭い範囲の限られた計算に目が向けられ、ビジネスの場面では通用しない可能性があります。一方、ビジネス的な見地に偏ったアプローチの場合、学術研究の世界で発展し続けるイノベーションの恩恵を受けることができません。そこでOne Concernでは、両方の世界の最も良い部分を反映した手法や計算プロセスのワークフローを用いています。
One Concernのテクノロジーチームは、モデルへのフィードバックや助言を提供するテクニカルワーキンググループに参加する学術界の専門家と深い関係を築き、最先端の研究について情報を得ています。また、衛星画像やIoTデータ(例:河川の水位計や気象レーダーなど)を取り込んで、人工・自然環境の変化を継続的に感知できるようにしており、そこにAIの適用も行っています。
リスクを無視することは、もはやできない
記録的な自然災害が立て続けに起こる中、異常気象やそれが引き起こす壊滅的な影響を想定できなかったという主張は、もはや通用しません。一方で、現在用いられている従来の気候モデルは、意思決定者が活用できる状態にないか、将来の脅威について効果的に情報を提供することができません。
ライフラインインフラの供給元の安全性確保、災害が交通網やサプライチェーンに及ぼす影響の把握など、政府や民間企業には、異常気象に関する未知な事項を特定する必要があります。現在気候レジリエンスが多くの企業や国の戦略的な優先事項となっていますが、特に私たちが直面する急激に変化する気候変動の脅威を考えると、組織や各種機関、地域社会のリーダーには、信頼に足るシナリオを効果的にシミュレーションすることが求められています。そしてデジタルツインが、それを可能にするのです。
気候の脅威に対するレジリエンスは、カーボンニュートラルで安全・安心な未来には欠かせないものです。デジタルツインを活用し未来をモデルによって予測できなければ、最も大切な資産である「人」を守る術を知らないまま、ますます深刻化する気候変動に立ち向かうことになります。
ニコール・フー(Nicole Hu)
One Concern 共同創業者兼CTO。2012年にベロール工科大学にてコンピューターサイエンスと工学の学士を取得。Flipkartでエンジニアとして勤務。2015年、スタンフォード大学大学院でコンピューターサイエンスの修士号を取得。同年、One Concernを共同創業。現在、同社のCTOを務め、災害予測やデータ管理に関する5つの特許を持っている。