当社CEOのアマッド・ワニが、「Artificial Intelligence for the Impact Economy(インパクトエコノミーのための人工知能)」をテーマとしたウェビナーにパネル登壇しました。本セッションは、マイクロソフト社出身の社会起業家の ギデオン・ローゼンブラット氏による司会進行のもと、社会や環境にインパクトを生み出すための人工知能(以下、AI)の応用などについてQ&A形式でディスカッションが行われました。
以下、当社CEOの発言について抜粋し、要約をご紹介させていただきます。イベント全体の動画を閲覧するには、Impact Entrepreneurのウェブサイトをご覧ください(有料)。
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司会:アマッド、One Concernが今取り組んでいることを紹介してもらえますか?少しだけ耳にしたことがありますが、とても興味を引かれました。
アマッド:One Concernは、世界規模の災害レジリエンスの構築に取り組んでいます。具体的には、システムがリスクは何かをきちんと理解し、災害が起きた時にそのリスクを回避できるように、または災害が起きた後に迅速に復旧できるように支援しています。始まりは、スタンフォード大学の研究プロジェクトでした。当初は主に地震に重点を置いていましたが、他の自然災害も含めて取り組むようになり、災害による被害の最小化を目指しています。
この場で共有するのにふさわしいと思われるプロジェクトがあります。熊本市という日本の西側に位置する自治体での実証プロジェクトです。夏から秋にかけての数カ月間は、日本で台風が最も多い時期です。熊本は高齢者の人口比率が高く、台風時に避難が必要になると、新型コロナウイルスの感染・重症化リスクがいっそう懸念されます。
米国の一部の都市でも同じような状況が見られます。私たちは避難時に新型コロナが拡散するリスクを計算することに関心を持ちました。そこでまずは、米国で過去に発生したハリケーンのデータを基に、避難を必要とする住民数を推定しました。
次に、実際にどのような避難所を優先すべきか、感染の拡大を抑えるために避難所で講じるべき軽減措置は何か、どのような人をどの避難所に割り当てるかなどについて把握するために、当社のパンデミックモデルを重ねました。
これをデータドリブンの機械学習として実行し、各都市がどのように感染者数の急増を回避し、住民が適切に避難できるかを確かめました。
新型コロナ感染拡大時におけるハリケーンからの避難の分析については、こちらをご覧ください。
司会:ここで、今の話の核心に踏み込んで、私たちが直面している社会や環境における課題に変化をもたらす、つまり影響を生み出すために、それらのテクノロジーを用いる上での実態に目を向けたいと思います。データの収集や人材獲得、資金調達など色々な視点があると思いますが、少し課題を掘り下げて伺えますか。
アマッド:一企業として私たちが直面している大きなチャレンジの一つは、小規模なパイロットプロジェクトや研究所での小規模な実装から、国全体あるいは世界規模での実装へと移行していくことです。
機械学習や深層学習を行おうとすると、データとモデリングの双方に由来する不確実性が何層にも渡って存在することに気づきます。それが何を起因としているものかを把握し、不確実性やその影響を意思決定に結び付けることは大変困難です。また、ユーザーが実際に現場で理解することが非常に重要な場合もあります。
例えば、今サンフランシスコのベイエリアで地震が発生した場合、被害の多くは、長さ170マイル(約274km)の送水管であるヘッチヘッチーの水路の破損によって生じる可能性があります。ベイエリアの飲用水のほとんどを供給しているその送水管は、複数の断層にまたがって存在いるからです。こういった状況においては、病院への被害だけでなく、水道の供給途絶や100マイル(約161km)先の変電所の停止によって引き起こされる連鎖反応も予測します。これらはすべて標準的な外部性です。
これを国レベルで考えてみましょう。世界中の送水管、ガス供給管、下水設備の全データがあるでしょうか? ありませんよね。そこで機械学習を使用して足りない情報を補おうとすると、データが不足しているために不確実性が生じます。
では、サンマテオの病院経営者の意思決定においてどのように役立てられるでしょうか? 「これから8時間以内に水道が止まる。どこに避難すべきか?どこに仮設の医療シェルターを設置するべきか?」といった思考プロセスは複雑です。どういったデータが不足しているかということから、ビジネスプロセスやそれらの不確実性が及ぼす影響に至るまで、あらゆることを把握する必要があります。
そして、この問題は公共の安全に対処しているときに大きくなります。人命が危機に瀕していて、非常に限られた時間で意思決定を行わなければならないときにです。AIがより日常的に、多くの業界での活用が進むにつれ、こういったことも課題のひとつになってくると思います。
司会:とても興味深い話ですね。数年前に非営利セクターに勤めていた時、最も大変だったのは、影響を把握するためにテクノロジーの活用をサポートしたことでした。影響アセスメントや評価などを行うために、そういったツールがゆくゆくはインパクトエコノミーにおいて極めて強力かつ重要なものになると強く感じています。インサイトの観点での評価はどうですか?
アマッド:興味深い事例としてはリスク開示が挙げられると思います。リスク開示は今後、特に気候やパンデミックなどのファイナンス以外のリスクにおいて、これまで以上に重要になるでしょう。投資家や、今では政府も、次の感染拡大や、海面上昇、今後のハリケーンにどこまで備えられているかを把握しようとしています。このように、企業の財務諸表で開示できる指標や基準を実際に編み出していくことが重要になるでしょう。
ブラックロックのような投資企業は、そのような情報の多くを公表するようになっています。コロナ禍においてその動きは強まり、強制的な義務のようなものになっていくのではないかと思います。
あらゆる企業がグローバルに事業を展開し、サプライチェーンも世界規模になっているため、テクノロジーが必要とされています。例えば、最終的にiPhoneに搭載されるサブコンポーネントを提供している韓国のチップメーカーにとっては、タイで何が起こっているかを把握することが欠かせません。世界規模でそうした依存関係をすべて把握できることが非常に重要になってきます。
司会:ありがとうございます。次に、専門性の課題にテーマを移したいと思います。専門性の高い業務をこなせる人材を採用するために、企業はどのような取り組みを行っているのでしょうか?パネリストの皆さんはもちろんお分かりだと思いますが、多くの子どもや、博士課程の学生、新卒などに多額の費用をかけられるGoogleやFacebookといった世界的な企業と競合している場合は特に、データサイエンスのバックグラウンドを持つ人材の雇用は容易ではありません。
ここで、パネリストの皆さんに聞いてみましょう。そのようなバックグラウンドを持つ人材を引き付けるためにどういったことを行っていますか?
アマッド:当社は、米国の多くの大学や欧州の一部の大学との連携を進めてきました。また、そうした大学のテクノロジーの商用化を支援しており、その技術を実際に意思決定ができる人々の手に渡せるよう支援しています。これが、多くの研究者や大学教授にとって当社と協働する動機となっています。
そういった取り組みを通して、博士課程の取得を目指している学生や博士課程を取得した人は、ミッション主導型の企業で働くとはどういうことかが分かるようになります。繰り返しますが、私たちはキャリアを重視する人ではなく、ミッションを重視する人を求めています。それが私たちの望む人材です。
(ここからオーディエンスからのQ&Aへ)
オーディエンスからの質問:高度なアナリティクスの使用については、多くの優れた事例がありますが、それは必ずしも機械学習や広義のAIとは限りません。インパクトを生み出すために機械学習を適用する際に考慮すべき点について、パネリストの皆さんにもう少し具体的に伺えますか?インパクトセクターにおいては利用できるデータの量が少なく質が低いことから、機械学習の学習期間にデータを収集するのは困難でしょうか?単純に優れている分析と比べて、機械学習の具体的な付加価値は何でしょうか?
アマッド:その質問の核心は、「あらゆる問題に必ず機械学習は必要か?」ということだと思いますが、答えは「いいえ」です。
シンプルなロジスティック回帰分析で対応できる場合もあるので、基本的にはクイックモデルの作成や線形回帰分析を行います。機械学習手法の簡易版のようなものですが、重要なことは、どのような問題を解決しようとしているかを理解することです。つまり、ユーザーがどのような意思決定を行うのか、あるいはあなたはどのようなことを実現したいのか、などを理解した上で決定することが重要です。
例えば、先ほど日本でのプロジェクトについて説明しましたが、当社は、暴風警報が出た時点で、明日の午後4時に自宅の外の浸水の深さが何cmになるのかを予測できるようになりたいと思っています。状況は刻一刻と変わる上に、予測結果には動的要素を必要とする多くの非線形性と不確実性があります。したがって、予測は極めて正確かつ精密で局所的である必要があると同時に、ユーザーが向き合う不確実性の度合いを伝えられなければなりません。
そのような状況において、ただ相関関係に関する情報やリスクマップを提供するのではない、当社のテクノロジーが役に立つと感じています。物事は刻一刻と変化し続けるので、直近の1時間、直近の1秒でさえも、災害や場所に応じて特性が異なるものになっていきます。
もちろん、機械学習が通常のシンプルなアナリティクスよりもはるかに適している多変量的な問題の事例も何百件、何千件とあります。
オーディエンスからの質問:一般的な健康障害(肥満、心臓病、糖尿病など)に対して、米国の(新型コロナによる)死者数の何割が不十分な行政措置によるものであるかをAIが示すことはできますか?そのようなことはAIを利用して評価できますか?
アマッド:前置きとして、私は疫学者ではありません。ですが、パンデミックのプロジェクトに一緒に携わっている疫学者の方々からは、このウイルスがどのように広がっているか、またウイルスがどのように人体に影響を及ぼしているかに関する十分なデータはないと聞いています。
したがって、新型コロナによる危機を乗り越えて、この新型コロナウイルスの感染性についてより多くのデータを収集して、このウイルスが実際にどのように様々なタイプの人々に影響を与えるのかを人体レベルで把握できて初めて、そうした質問にお答えできるようになるのだと思います。
こういったツールがあることは非常に良いことです。現代は多くのデータが収集されていますし、いったんデータが利用可能になれば、今後そのような質問への答えを得られるようになるからです。
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